2006年10月31日

私が証明です

あの人が、ついに本をだしました。

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そう、ジェミー化粧品の社長、中島香里さん。
タイトルは「私が証明です」。
なぜか一冊、我が家にあります。

みつこさんはサインまでもらっちゃってます。

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あて名が「ちゃん」付けというのが、なんだかカワイイ。

本の内容ぜんぶについてコメントする力量は私にゃありませんが、
化粧品の成分はクルマの中でも覚えられる。
 だから、忙しいというのは理由にならない

というくだりが印象的でした。
化粧品の成分て、カタカナが呪文のようにならんでいて
ややこしいらしいんですね。
それをテレビカメラの前ですらすら言えるようになるまで、
寸暇を惜しんで覚え込むんだそうです。

あ、ちなみに私は化粧品は使いませんので(当たり前か(^_^;A
ジェミー化粧品についての質問にはお答えできません。
ご了承ください。すみません。
posted by ひろとも at 00:09| Comment(10) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月27日

予想外の出来事

突然、この方に出会ってしまいました。

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予想GUYさんです。

名刺までいただいてしまいました。

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もう、びっくりです。
posted by ひろとも at 21:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月26日

品切れ!?

近所のスーパーマーケットの一角。
棚にはびっしりと商品が並んでいるのにこの表示。

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え!? ほかに品切れしている商品があるの?
ペリエは買っていいの?

一瞬、慌てふためきました。
posted by ひろとも at 02:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月22日

穴の話

きょうの夕刊の見出しは、二文字でした。

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そりゃぁ、わかりますよ。
あしたの菊花賞の穴馬の話なんでしょう。

でも、菊穴
わかっちゃいるけど、ついついインビな想像してしまいます。
posted by ひろとも at 00:29| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月15日

思い出鉄道写真館 (7)信越本線碓氷峠


鉄道の日、10月14日は過ぎてしまいましたが、久々に思い出鉄道写真館を掲載することにいたしましょう。

今回は1997年10月の北陸新幹線(通称「長野新幹線」)開通に伴い廃止されてしまった信越本線の碓氷峠(横川〜軽井沢間)です。

●旧丸山変電所付近
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横川から2kmほど軽井沢方面に登ったところにある煉瓦づくりの廃墟、丸山変電所跡付近で撮影した上野行き特急「あさま」です。1989年2月ごろ撮影したもので、まだ特急電車の色がクリームに赤帯の「国鉄色」でした。

ところで、碓氷峠は群馬県と長野県の境にある峠で、古代より東山道(碓氷坂)、近世においては中山道の難所とされていました。
群馬県側の標高は387m(横川)、長野県側の標高は939m(軽井沢)。一般的な山越えと違い、長野県側が一方的に高いという片勾配の峠なので、どんなに長いトンネルを掘ったとしても勾配を解消することができません。
1893(明治26)年に開通した信越本線も難工事の上での開通でした。550mもの絶対的な高低差は急勾配によって結ぶほかはなく、一般的な幹線鉄道としては最急勾配の66.7‰(パーミル)(15分の1)で敷設されました。
当初は、補助機関車の歯車とレールの歯車をかみ合わせて急坂を登り降りするアプト式が採用されていましたが、1963(昭和38)年に信越線の新線が開通してからは66.7‰を補助機関車のみで行き来する方式となりました。
特急「あさま」も横川や軽井沢で4分ほど停車して補助機関車の連結・解結作業をしており、スピードも時速30〜40kmぐらいまでしか出せず、碓氷峠が輸送上のネックになっていたことに変わりはありませんでした。

●熊ノ平信号場
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横川と軽井沢のちょうど中間付近にあった信号場付近で撮影した三連写。1993年夏ごろの撮影。熊ノ平は信越線旧線(単線)時代は駅でしたが、新線が完成して複線化された後、1966(昭和41)年に信号場に格下げされてしまいました。

●めがね橋
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手前の煉瓦造りの橋が碓氷川を渡る信越本線(旧線)の第三橋梁、通称「めがね橋」。横川から約5kmほどのところにある日本最大級の煉瓦アーチ橋で、国重要文化財に指定されています。その向こうに見えるのが信越本線(新線)のコンクリート橋。長野行きの特急「あさま」が補助機関車EF63に後押しされて66.7‰の勾配を登ってゆきます(1993年夏撮影)。


●碓氷川橋梁
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めがね橋の下付近から撮影した信越本線(新線)のコンクリートアーチ橋を渡る特急「あさま」です(1993年夏撮影)。

現在、新線も含めて信越本線横川〜軽井沢間は廃止されています。北陸新幹線「あさま」は、碓氷峠を難なく行き来していて、輸送上のネックは新幹線によって初めて解消されたといえるでしょう。
信越線時代はたしかに補助機関車を付けたり、スピードが出せなかったりと不便も多かったですが、そうであるがために横川駅停車中に「峠の釜飯」を買いに行ったりといった風物詩もありました。
空気バネの空気を抜いた台車から直接伝わってくる、ズズン……ズズン……というレールの振動を、私はいまでも忘れられません。
posted by ひろとも at 23:41| Comment(6) | TrackBack(0) | 思い出鉄道写真館 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月12日

もう、ダメ

しぼんでしまった。

こっちも。
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こっちも。
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風船の命は短くて……。

残念。
posted by ひろとも at 23:56| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月07日

風船が好きみたい

私は風船が好きなのかもしれません。

近所に新しいスーパーが開店しました。
オープン初日に風船を配っていたので早速いただいちゃいました。

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職場近くのヨドバシカメラでは、
大画面テレビの宣伝で宙に浮く風船を配っていました。

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なぜか、風船を見かけると、もらわずにいられないのです。


そういえば、もらったわけじゃないけれど、
これも風船でしたね(^_^;)



それは……
posted by ひろとも at 23:05| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月05日

NO MUSIC NO LIFE 物件

都内にお住まいのニッケルさんから写真をいただきました。











まずは、ご覧ください。











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ピアノとか楽器演奏可なんでしょうか?
いや、これはぜひとも「可」であってほしい。

音楽がなければ、住んでいられない。

まさに“NO MUSIC, NO LIFE.”なアパートなのだから!
posted by ひろとも at 01:17| Comment(6) | TrackBack(0) | 投稿写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月01日

いま注目の、あのスポットへふたたび

当ブログにて話題騒然となったあのスポットへ
ふたたび行って参りました。

そう、あの「土禁空き地」。

こちらの写真は前の道路から、
フェンスと空き地全体を見渡したところ。

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整理整頓」の右側にある「関係者以外立入禁止」と
さらにその右側の「きけん+泣いている子供のイラスト」も
今回はしっかり撮影してきました。

近づいてみるとこんな感じ。

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そして今回、新たに注目すべきメッセージを発見。

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開けたら必ず閉める

たしかに。これは基本です。

でないと土足で入られます

posted by ひろとも at 00:37| Comment(16) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする