2011年07月30日

New本棚!

3月に被災していまだ復旧のなってなかった我が家の本棚。
家具設計士ハタさんの手配がようやくついて、
いよいよ設置作業となりました!
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本棚を置く忍者部屋は設置作業場所になるので、
床に平積みにしていた本はいったん居間に退避させます。

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職人さんの下準備がはじまります。青いシートで床を養生。
壁際の床が出ているスペースに本棚が来ます。

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本棚を置く側の壁は、前の本棚が倒壊する際についた傷が
いまも残っています。新しい本棚が設置されれば
隠れてしまう部分なので、このままにしておきます。
次に自分がこの壁を見るのがいつなのかわかりませんが
(数年後かもしれないし、何十年先かもしれません)、
壁の傷の近くに
「2011.3.11 東日本大震災のキズ」
と、注意書きをつけときました。

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家具職人のナベさんがやってきて、
てきぱきと組み立ててくれます。
ナベさんはNゲージのケースや居間の家具も
ぜんぶ作ってくれた安心のベテラン家具職人さん。

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堂々完成。白を基調としながらも、
表側に面するところだけ焦げ茶色で設計してもらいました。
想像どおりきれいに仕上がっています。

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早速、放置状態になっていた本を置きました。
なかなか、いい感じ。
それにしても時刻表多いな(笑)


かつての本棚については次の記事をご参照ください。
●新しい生活(転居当初)
http://xupotomo.seesaa.net/article/165634575.html
●大地震の被害状況(震災当日の状況)
http://xupotomo.seesaa.net/article/190759901.html
●本棚撤去(震災復旧作業)
http://xupotomo.seesaa.net/article/192726196.html
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2011年07月28日

三陸踏査記録(釜石市街)

三陸の写真もこれで最終回。釜石市街の写真です。
紀行文は「バカップル列車 第50号」をご覧ください。

タクシーの運転手にすすめられ、港に乗り上げたタンカーまで行く途中、
釜石の港付近の市街地を通り抜けました。
建物は残っているものの想像以上に被害が大きいです。
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赤い旗がところどころ掲げられていますが、
これが「解体OK」の合図です。

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港町のすぐ裏には山が迫っています。
写真奧、コンクリートで覆われた崖の上に、
津波当時人びとが逃げた避難通路の柵が見えます。

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運転手さんおすすめのタンカー。
船の舳先が防潮堤を越えて道に張り出しています。
錨を降ろしていたのでしょうか、錨部分がかなり壊れています。
このタンカーは私たちが訪れた直後に解体・撤去されたようです。

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釜石大観音に向かう途中。まだまだ瓦礫は残ります。
奧の高架線は三陸鉄道の線路。

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釜石大観音の高台まで登ってきました。
はるか沖合に見えるのは湾口防波堤の残骸。
もとはまっすぐつながっていたのですが、
津波で破壊され、一部がネッシーの背のように残っています。

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釜石大観音。津波被害のあとも
こうして釜石の港を見守っています。


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2011年07月27日

三陸踏査記録(重茂半島)

三陸の写真のつづき。今回は宮古の東に突き出た重茂半島です。
紀行文は「バカップル列車 第50号」をご覧ください。

重茂半島は三陸海岸で最大の半島で、
その最東端とどヶ崎(とどの文字は「魚」へんに「毛」)は
本州の最東端にもなっています。

そのとどヶ崎への登山道にいちばん近いのが姉吉集落。
この姉吉は今回の津波被害後、古くに建てられた
「此処より下に家を建てるな」
の石碑があることで有名になりました。
姉吉の家はこの石碑の教えを守ったことで被害を免れたのです。

姉吉集落は、姉吉のバス停から一キロほど下ったところにあります。
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姉吉のバス停。
鬱蒼としたアカマツ林にあり、ちょっと寂しい雰囲気。

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集落からさらに百メートルほど海側へ下ったところに
その石碑がありました。
石碑は道から1.5メートルほどのところにあって、
さらに石碑そのものも1.5メートルほどの高さがあります。

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石碑にはこう書かれています。

大津浪記念碑

高き住居は
   児孫に和楽
想へ惨禍の
   大津浪
此処より下に
   家を建てるな


     明治二十九年にも
     昭和八年にも津
     浪は此処まで来て
     部落は全滅し生
     存者僅かに前に二人
     後に四人のみ幾歳
     経るとも要心あれ


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石碑から五十メートルほど港方向へ下ったあたり(車内より撮影)。
カーブしている道の先の木に注目(写真右奧)。
一定の線より下の緑の葉がもぎとられていて、
ここまで津波が来たのがわかります。

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その道をさらに下ったところに姉吉の漁港があります。
右側はキャンプ場、左に倉庫などが建ち並んでいましたが、
いまはなにもありません。

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姉吉漁港付近。漁具が散乱したままになっています。
はるか見上げる高さまで樹木がもがれています。
港がこの高さまで津波に流されました。

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姉吉から北側に戻ったところにある里集落。
建物はいっさい流され、新たに建てられた電柱ばかりが
やけにぴかぴかと光っていました。

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里からさらに北に戻った館集落。重茂半島の中心的集落。
写真は、標高八十メートルほどの高さにある漁協。
コンクリート三階建ての立派な建物。

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漁協近くにある瓦屋根の邸宅。
アワビ御殿と呼ばれているらしい。

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館からさらに北側に下ったところにある音部集落。
漁業関連の施設が並んでいたがことごとく津波に流された。



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2011年07月26日

三陸踏査記録(山田線・宮古付近)

三陸の写真のつづき。今回は宮古付近の山田線の線路・車両です。
紀行文は「バカップル列車 第50号」をご覧ください。

JR山田線は盛岡〜宮古〜釜石間のうち、
津波被害の大きかった宮古〜釜石間はいまも不通となっています。

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こちらは宮古駅から五百メートルほど東へ来た閉伊川鉄橋付近。
レールはすでに赤さびに覆われ、
橋の五十メートルほど手前には車止めがあります。

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レールは車止めの先で途切れています。

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レールが途切れた先は川を渡る橋ですが、
ガーター部分は流され、橋脚が飛び石のように残るばかり。

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橋を横からみた様子。青いガーターは左側のみ残っていますが、
右側は流されてしまっています。
ガーターも訪れた前日にようやく撤去作業が終わったのだそうです。

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こちらは宮古から二駅先の津軽石駅。
建物も残り、周辺はなんでもないように見えますが、
ここにも津波が来ました。

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駅とは反対側を振り向くと、津波に流されたディーゼルカーが
脱線し、くの字に曲がった状態で放置されています。

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宮古のひとつ先の磯鶏〜津軽石間の線路。
レールは途中でぐにゃりと曲がり、その先で途切れています。


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2011年07月25日

三陸踏査記録(宮古市街)

三陸の写真のつづき。今回は宮古市街(中心部)です。
紀行文は「バカップル列車 第50号」をご覧ください。

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宮古駅前の様子。手前がJRの駅舎、奧が三陸鉄道の駅舎。
駅は港(閉伊川河口)から二キロほどの距離があり、
津波は20〜30センチほどの高さで済んだという。
ぱっと見た感じでは被害の跡はほとんどなく、
日常を取り戻しているようにみえる。

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市内を港側に歩いたところ、閉伊川河口から一キロ付近。
パチンコ店なのか、正面のガラスはすべて割れてなくなっている。

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建物の持ち主が役所に解体してほしいときは、
「解体可」「解体OK」などのペイントをする。
シャッターにはそのほかに「バカヤロー」の文字が。

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ほかの解体される建物にはこんな張り紙。
建て替えの間、営業休止を知らせるもの。

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道路脇の街灯。根元からぐにゃりと曲がっている。

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宮古市役所は閉伊川河口から一キロほどの場所にあるが、
津波被害はひどかった。一階部分はガラスが割れたのか、
ベニヤ板などが張り巡らされ、扉も木製の仮のものになっている。
内部も機能しているのは三階以上だけのようだ。

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市役所の海側の道。すぐ右側は防潮堤。
黒々とした津波はこの防潮堤をあっさり越えてきた。

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防潮堤の上から港(閉伊川河畔)を眺めたところ。
港も少しずつ日常を取り戻しているようだ。





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2011年07月24日

三陸踏査記録(宮古市田老地区)

七月上旬にでかけた三陸の写真です。
紀行文は「バカップル列車 第50号」をご覧ください。

まずは、宮古市田老地区(旧田老町)の写真から。

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駅前の通りから三陸鉄道田老駅を見上げたところ。
山の中腹にかかる霧は「やませ」によるもの。
手前は住宅が建ち並んでいたところだが、基礎が残るばかり。

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高さ10メートルといわれる防潮堤のてっぺん部分に来ました。
防潮堤の海側の光景。かつて街だったところは瓦礫の山。

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防潮堤のてっぺんから港付近をみたところ。

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防潮堤から国道側(山側)をみたところ。
視界に入る建物はほんの数軒。
防潮堤のてっぺん部分には瓦礫が通過した傷跡が残る。

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防潮堤の右(山側)も左(海側)も更地ばかり。

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ほとんど破壊されてしまった工期が新しい部分の防潮堤。
翌日乗ったタクシーの運転手によれば、
この部分だけは簡易な工法(盛り土にコンクリートをかぶせた方法)
で建設したために津波に流されてしまったとのこと。

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防潮堤の下に溜まっていた瓦礫。
ストーブに灯油タンク。
瓦礫は雪の降った三月のまま時間が止まっている。

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海側から防潮堤を見上げたところ。
手前に立っているのは嫁みつこ。
防潮堤は嫁の背丈の三倍半ほどの高さがある。
「あれを乗り越えちゃうんだから、もう、どうしようもないよ」
とは嫁みつこの弁。
それだけ津波が大きかったのだ。


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2011年07月21日

走れ!バカップル列車【番外】三陸グルメ

三陸鉄道の旅では、時間がなくて
コンビニおにぎりですませたときもありましたが、
おいしいものもたくさんいただきました。

宮古の「魚元」という割烹料理店で注文した料理の数々。
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お刺身盛り合わせ。これでもかこれでもかという充実ぶり。

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みつこさんが注文した中落ち定食。
お酒飲まないからごはんがないとね。
まぐろは中落ちとはとても思えないボリューム!

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「魚元」名物、どんこ逆さ焼き。
おなかの中に甘味噌がたっぷりはいっています。
身と味噌をお箸で混ぜながら食べます。
あっつあつではふはふしながらいただくのがおいしい。
焼き上がるのに時間がかかるので注文はお早めに。

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シメにめかぶそば。みつこさんもぞーぞーと食べてます。
めかぶもそばもつるっとしてておいしかったです〜♪


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こちらは二日目の昼ごはん。
宮古駅前の「蛇の目本店」で注文したカキフライ定食。
カキフライだけでもいっぱいなのにお刺身付き(笑)

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二日目の晩ごはん。昼に食べ過ぎたので、
盛岡駅ビルのお店で盛岡冷麺をあっさりといただきました。

そうして三日目は釜石へ。
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三陸海宝漬で有名な中村家姉妹店「まんぷく食堂」。
ここでミニ海宝漬定食を注文。
奧のアワビの貝殻にのっているのが海宝漬!
めかぶの醤油漬けにアワビ、イクラがのった絶品。大満足!

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2011年07月19日

走れ!バカップル列車 第50号 三陸鉄道復興支援列車

震災後の東北の旅、第二弾。
今回は三陸鉄道に乗ってきました。

<旅行記本文>はこちら。
走れ!バカップル列車 第50号 三陸鉄道復興支援列車

●北リアス線

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山田線からの乗り換え時間はわずか。
宮古駅で慌ただしく三陸鉄道へ乗り換え。

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復興支援列車の終点、小本駅に到着。
不通になってるその先のトンネルにはディーゼルカーが留置されている。
ホーム反対側の線路は使われていないため、赤く錆びている。

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折り返し宮古行きとなって出発する復興支援列車。
画面左より、ヘルメットを持った社員の持っている
革製の輪っかにタブレットが入っている。

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田老駅を発車する宮古行き列車。
なんにもないホームだが色とりどりの花が飾られている。

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駅から眺めた田老の市街。立ち並んでいた住宅は
どれも流されてしまってなにもない。


●南リアス線

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釜石駅の三陸鉄道ホーム。一本だけの簡素なもの。
いまは駅員も乗客も誰一人いない。

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釜石を出て、甲子川を渡る南リアス線の線路。
いまは列車が走ることはない。
右の奥の方でトンネルに入り、盛に向かっている。


<旅行記>
走れ!バカップル列車 第50号 三陸鉄道復興支援列車

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2011年07月08日

サンマーメン

サンマーメンを食べたい!!
ということで、京急YRP野比駅から二、三分のところにある
光楽」というお店にいきました。

同行のY君は広東麺を注文。
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そしてこちらがサンマーメン!
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「サンマー」といいつつ秋刀魚がのってるわけじゃないんですよ。
もやしのあんかけ炒めが醤油ラーメンにのってる感じで、
どうやら神奈川のご当地ラーメンのようです。
知らなかったよ、神奈川出身なのに。

ところでこのお店のラーメンはどれもあっつあつで、
口の中やけどだらけになりながらふーふー食べるんです。
行ったのは六月半ばで、このときはまだ涼しかったからいいけど、
真夏はそーとーキツイでしょうね(笑)

「次にくるのは、かな……」

Y君とそんなことを話しながら帰ってきました♪



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2011年07月05日

扇風機

ことしの夏は節電のため、なるべく冷房を控えよう
ということで、扇風機を買いました。

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バルミューダというメーカーのグリーンファン2というやつです。
羽が同心円状に二層になっていて、
やわらかい風がそよそよとやってきます。
10メートル先まで風が届くのに消費電力3W!
ちょっと(だいぶ?)高かったけど、一目惚れして即決。
すでに大人気商品で、五月連休明けに買ったのに
六月半ばになってようやく届きました。

窓を開けて、この扇風機を回せば
相当の気温になってもそよそよと涼しいです。
いよいよ暑くなったら冷房つけますが、
冷房を弱めにしてこの扇風機を併用すれば快適。

この夏に限らず、だいじに使って省エネにつとめます。

●グリーンファン2
http://www.balmuda.com/jp/greenfan/
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2011年07月01日

香港(2)

香港のつづきです。
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トラムと呼ばれる二階建て路面電車。
道の真ん中まで突き出た看板。
いかにも香港な光景を見ながら、
日も傾きかけたころたどり着いたのは
アバディーンのはしけ。

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そうです。このボートに乗って
海上レストラン「ジャンボ」に行きます!

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すごいですね〜。堂々とした風格。
なんだか新しくなってどこもぴかぴかしています。

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料理も豪華! 北京ダックです!!
おいしい広東料理をたらふく食べて帰ってきました。

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来るときはまだ日があったのですが、
すっかり夜になってまた違った光景になります。

その後はバスと地下鉄を乗り継いで九龍・旺角の女人街へ。
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いまの東京と違い照明が遠慮なく煌々と輝いて、
節電に慣れた目には少々まぶしいくらい。

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怪しげな店がたくさん並んでました〜。
48(香港)ドルの折りたたみ傘とか、
怪しげなのいろいろ買っちゃいましたよ〜(笑)

posted by ひろとも at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする