2011年07月27日

三陸踏査記録(重茂半島)

三陸の写真のつづき。今回は宮古の東に突き出た重茂半島です。
紀行文は「バカップル列車 第50号」をご覧ください。

重茂半島は三陸海岸で最大の半島で、
その最東端とどヶ崎(とどの文字は「魚」へんに「毛」)は
本州の最東端にもなっています。

そのとどヶ崎への登山道にいちばん近いのが姉吉集落。
この姉吉は今回の津波被害後、古くに建てられた
「此処より下に家を建てるな」
の石碑があることで有名になりました。
姉吉の家はこの石碑の教えを守ったことで被害を免れたのです。

姉吉集落は、姉吉のバス停から一キロほど下ったところにあります。
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姉吉のバス停。
鬱蒼としたアカマツ林にあり、ちょっと寂しい雰囲気。

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集落からさらに百メートルほど海側へ下ったところに
その石碑がありました。
石碑は道から1.5メートルほどのところにあって、
さらに石碑そのものも1.5メートルほどの高さがあります。

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石碑にはこう書かれています。

大津浪記念碑

高き住居は
   児孫に和楽
想へ惨禍の
   大津浪
此処より下に
   家を建てるな


     明治二十九年にも
     昭和八年にも津
     浪は此処まで来て
     部落は全滅し生
     存者僅かに前に二人
     後に四人のみ幾歳
     経るとも要心あれ


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石碑から五十メートルほど港方向へ下ったあたり(車内より撮影)。
カーブしている道の先の木に注目(写真右奧)。
一定の線より下の緑の葉がもぎとられていて、
ここまで津波が来たのがわかります。

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その道をさらに下ったところに姉吉の漁港があります。
右側はキャンプ場、左に倉庫などが建ち並んでいましたが、
いまはなにもありません。

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姉吉漁港付近。漁具が散乱したままになっています。
はるか見上げる高さまで樹木がもがれています。
港がこの高さまで津波に流されました。

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姉吉から北側に戻ったところにある里集落。
建物はいっさい流され、新たに建てられた電柱ばかりが
やけにぴかぴかと光っていました。

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里からさらに北に戻った館集落。重茂半島の中心的集落。
写真は、標高八十メートルほどの高さにある漁協。
コンクリート三階建ての立派な建物。

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漁協近くにある瓦屋根の邸宅。
アワビ御殿と呼ばれているらしい。

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館からさらに北側に下ったところにある音部集落。
漁業関連の施設が並んでいたがことごとく津波に流された。



posted by ひろとも at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする