2011年11月13日

常磐線の赤い機関車

もう一か月ほど前のことになりますが、
宮城県沿岸部に行ってきました。
一日目は常磐線の山下〜浜吉田間に取り残されている赤い機関車を、
二日目はバスに乗り気仙沼から南三陸、そして松島海岸までを、
かなり駆け足でしたが津波被害の様子をこの目で見てきました。

ここでは常磐線の線路上に取り残された赤い機関車をご紹介します。

仙台から常磐線に乗って、復旧している亘理まで行きました。
20111009_8253.jpg
亘理駅ホーム。この先の線路は赤く錆びています。
線路の上に立っているようにみえますが、
それまで下り本線だった線路の上に
折り返し列車用の仮ホームができているのです。

20111009_8270.jpg
亘理からは相馬方面へ向かう代行バスに乗って山下(山元町)へ。
代行バスの山下駅は常磐線のもともとの山下駅から離れていたので
線路のあるところまで二キロほど歩きました。
写真は床屋さん跡。割れた窓ガラスが津波のすごさを物語っています。

20111009_8269.jpg
建物はダメですが、床屋さんは移転先で営業しているようです。
こんな張り紙をみるとホッとします。


20111009_8275.jpg
ようやく線路のあったところまでたどり着きました。
しかしレールも枕木も、架線も架線中もすべて撤去されています。
残されたガーター橋のそのまた向こうに赤い機関車がぽつんと見えます。
あそこまでまた一キロぐらいあるんだろうな〜(^_^;)

20111009_8281.jpg
機関車の近くまで来ました。
30メートルほど離れたところに踏切があります。
この付近、常磐線を復旧するときは山側に移転する計画があるので、
もう列車の来ることは二度とない踏切です。

20111009_8285.jpg
真っ赤な車体のED75形電気機関車。
車輪の下を除いて前後のレールは撤去されているので、
ほんとうにぽつんと取り残された感じ。
3月11日、赤い機関車は札幌貨物ターミナル駅から隅田川駅まで走る
92列車を牽引中に被災しました。
機関車のうしろに20両つながっていた貨車とコンテナは
線路から数百メートルまで流されたと聞きます。
機関車は車体が重かったので流されなかったのですね。
機関士は機関車中央の機械室で、
白波を立てて向かってくる津波を眺めていたそうです。
その後、胸まで水に浸かりながら付近の民家に避難し
一夜を過ごしたとのこと。とにかく無事で良かったです。
20111009_8287.jpg
機関車の海側。流れてきたものいろいろなものが
まだ車輪の周辺にこびりついています。
20111009_8297.jpg
連結器周辺は蜘蛛の天国。
あちこちにいくつもの蜘蛛の巣が張っていました。

20111009_8310.jpg
ふと周りを見渡すと建物自体はふつうに建っているように見えても、
一階部分の窓はことごとく破れています。
あたりを歩いても人間の気配はほとんどありません。
それでも一軒だけ、窓ガラスを修繕してもらっている家がありました。

20111009_8324.jpg
そのまま歩いてひとつ仙台側の駅、浜吉田まで戻ってきました。
このあたり架線注は撤去されていませんが、
架線は切れてぶら下がったまま。
すべて撤去されているのも空疎ですが、
あまりにそのまんまというのもなんだかちょっと切ないです。

posted by ひろとも at 09:32| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする