2011年11月14日

気仙沼〜南三陸(志津川)〜松島津波被害(1)

10月の宮城県沿岸部めぐり。
二日目は気仙沼から松島までバスに乗りました(一部区間列車)。

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気仙沼駅前。このあたりは津波被害は少なかったようで、
地震の約一か月後には大船渡線が復旧しています。

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気仙沼駅前から気仙沼線に沿って鉄道の復旧している柳津まで
ミヤコーバスの振替バスに乗ります。
バスのやりくりの関係からか、柳津までの間に
本吉と志津川(南三陸町)の二箇所で乗換えが必要とのこと。

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南気仙沼付近。漁港、魚市場のあったあたりで、津波被害も甚大でした。
地盤沈下があったため、いまだに水の引いていないところがあります。

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一台目のバスの終点、本吉駅に到着。
気仙沼線の本吉駅は高台にあり津波被害はあっていません。
しかし周辺の集落も少し坂を下ると被害のあったところが広がります。

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本吉駅前のネコ。バスを待ってる乗客から
いろいろもらって生計を立てています。

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本吉から志津川駅前行きのバスに乗り換えます。
方向幕が壊れていて、窓の下の標示が見えづらく
危うく乗り遅れそうになりました。
声をかけてくれた運転手さんに感謝です。

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陸前小泉駅があったところ。盛土部分にぽっかりあいている
地下道の穴がかろうじて駅のあった場所を示しています。

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歌津の集落を進みます。海側の国道の橋は落ちていて、
自動車はどれも旧道を走っていました。
「ここも家があったんだ。海なんて見えなかったんだ」
バスの運転手さんがいまもここに街があるかのようにつぶやきます。
歌津駅は山側の盛土にあり、ホームはかろうじて残りましたが、
駅舎はなくなってしまいました。

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志津川(現・南三陸町)の中心部にやってきました。
黄色いベストを着た人が総出で不明者の捜索をしています。

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「はい、志津川駅前終点です」
といわれ、降ろされましたが駅などなにもありません。
ここも盛土の下に地下道のあとがあるばかり。
この手前の空き地に駅舎があったはずなのですが。

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志津川駅跡を見てみることにしました。
地下道入口付近に「1976-2」の文字が。
1976年2月に完成した施設なのでしょう。
気仙沼線の全通が1977年ですから一年前にできていたんですね。
それにしても鉄道の施設で35年しか経ってないってまだまだ新しいです。

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地下道の突き当たりに放置されていた駅の時刻表。
泥まみれになりながら、来ることのない列車の時刻を語っています。

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階段をのぼって、ホームに出てみました。
黄色いタイルがかろうじてホームっぽい部分。
線路も枕木も流され、撤去され、どこがどうだったのか
よくわかりにくい状態です。

posted by ひろとも at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする