2011年11月15日

気仙沼〜南三陸(志津川)〜松島津波被害(2)

宮城県沿岸部の続きです。

志津川駅前では次のバスまで時間があったので、
周辺をあちこちと回りました。

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役場庁舎も含め、ほとんどの建物は流失しましたが、
この町立志津川病院はほぼそのままの形で残っています。
それでも窓ガラスは三階までが破れ、二階付近(一階屋根部分)には
漁船が一艘そのまま残されています。
このあたりの地面は土といった状態ではありませんでした。
ヘドロがようやく乾燥してきたようなもので、
踏んでもふわふわして大地を踏みしめている感覚がありません。
臭いもヘドロそのもの。
長靴が落ちてたり、計測器が落ちてたり、
瓦礫撤去は進んでいるのでしょうが、まだまだの部分は多いです。
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海に近い松原公園跡地。
チリ地震の津波被害記念碑が津波に流されていました。
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公園に展示されていたC58形蒸気機関車もこんな無残な姿に。

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防災対策庁舎。
被災直後はたくさんの瓦礫がまとわりついていましたが、
いまは骨組みだけになってしまいました。
手前の白い部分は役場の本庁舎があったところでしょう。
本庁舎は跡形もありません。
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防災対策庁舎は、町職員の遠藤未希さんが津波にのみ込まれる直前まで
「早く逃げてください」と放送を続けていた場所。
入口のあったところの手前には献花台があり、
いまも多くの人が訪れ、ここで手を合わせています。
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配線コードのようなものがぶらさがったままで、
千羽鶴とともに風に揺られています。

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志津川駅前からこんどは柳津行きのバスに乗ります。
窓から見えるのは陸前戸倉駅。
海から1キロほど奥まっているのですが、
地下道を除いて跡形もありません。

柳津からは部分復旧している気仙沼線で前谷地まで来て、
そこから石巻線に乗り換え石巻まできました。
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石巻駅前。なぜか街は石ノ森章太郎ワールド!

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駅舎前にもサイボーグ009のオブジェが立っています。
サイボーグのブーツあたりの左側、
駅舎のドア横に水色の張り紙があるのわかるでしょうか?
この水色の張り紙に赤線が通っています。
地震の当日、ここまで津波が来たことを示す赤線です。

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石巻からは矢本まで一部区間で復旧している仙石線に乗ります。
仙石線は本来電車が走る路線なのですが、まだ電気が通せないらしく、
復旧列車は山形から来てもらったディーゼルカーで走ります。

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15分ほど走って矢本着。信号も完全復旧していないため、
昔ながらの通票(タブレット)閉塞。
駅員が革の輪っかを持って歩く姿、懐かしい。

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矢本からは松島海岸まで代行バスに乗ります。

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代行バスの走る区間も津波被害が甚大でした。
途中、窓からは津波からは免れたものの車庫に帰れず
本線上に放置されたままの電車も見えました。

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代行バスの終点松島海岸駅前。すぐ手前は景勝地松島なのですが、
戻ってきてくれた観光客でほどほどの賑わいがありました。


posted by ひろとも at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする