2013年08月30日

三浦断層ツアー(その2)

さて、三浦断層ツアーのつづきです。
野比東ノ入公園、南下浦の海岸を見学したわれわれは、
こんどは断層によって段差ができた畑作地帯に向かいました。
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こちら三崎口駅の北西側、初声町付近の畑の一角ですが、
鉄塔のあるあたりから写真左側にかけて段差五メートル前後の
崖があるのがおわかりかと思います。
こちらも南下浦断層で、海岸からの断層とつながっています。
写真では見えにくいですが、画面奥に向かっても
段差はずっと続いています。
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断層の上下を行き来する道路から、段差の断面を見たところ。
左が上にあがり、右が下にさがることでできた断層です。
道路は段差部分に切り通しをつくってつながっているので、
このような断面が見られるようになっています。

最後に訪れたのは、橋を渡って城ヶ島。
しかもその最西端の海岸に来てみました。
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大きな断層は見られないのですが、圧巻の地層!
地層がほぼ垂直に上を向いています。ここに立ってるだけで、
足の裏にまるで地層が刺さってくるような感じ(笑)。
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さらに海岸沿いに南に回ると、来ました来ました、
タモリをして「ここがホントの断層公園」といわしめた
地層と小断層の宝庫ともいえる海岸。
あまりにもわかりやすい地層と、
それをちょこちょこと細切れに切っている小断層たち。
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すぱっと斜めに切れた部分がわかるかと思います。
地層の色も白だったりグレイだったりはっきりしているので、
数センチほどずれた断層の前後で、
地層がもともとどうつながっていたか一目瞭然ですね。


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断層を満喫したあとはおなかもすいてきたので、こちらへ。
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三崎といえばやっぱりマグロ!マグロづくしうまいです!!
でもトロの筋が地層に見えます(笑)

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2013年08月27日

三浦断層ツアー(その1)

「タモリ倶楽部」の三浦断層ツアー(2012年12月1日・8日放送)
に触発されて、Y君とみつこと私も三浦半島の断層を
あれこれめぐることにしました。

まず訪れたのは、京急久里浜とYRP野比の真ん中あたりにある
野比東ノ入公園」。知る人ぞ知るいわば「断層公園」。
この公園の下には「北武断層」がほぼ東西に走っています。
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神奈川県では活断層から25m以内は住宅開発ができないので、
おそらくマンション建設のために用意した土地だったのが、
建てられないから公園に転用されたんですね。

活断層上の土地を公園として利用したのは
ここが日本で最初の例だそうです。
とはいえ、ここのどこに断層があるのかは
ぱっと見ただけではわかりません。

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断層のうえにほかの土砂が覆い被さっているからですが、
公園北側の山の迫り具合からみて、写真(西側をみたところ)の
赤い矢印〜赤い破線のあたりに断層があるものと推定できます。
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同じくこちらの写真(東側をみたところ)についても
赤い矢印〜赤い破線のあたりが推定の断層位置です。

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この公園はちょっとした高台にあり、海を臨むこともできます。
ここにマンションが建ってたら良い眺めだったかもしれませんね。

次にやってきたのは南下浦付近の海岸です。
この海岸の地下には「南下浦断層」が走っています。
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断層は直接は見えませんが、とにかく地層がすごい。
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背後の地層と海岸の地層は地質も色も角度もぜんぜん違う!

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そして、これが今回の目玉!
「タモリ倶楽部」のロケ時は海に沈んでて見えなかった
断層もろ見え部分を拝むことができました〜!!
夏の大潮のときにしか見えないこの岩石の亀裂♪
(写真中央に垂直に断層が走っているのがわかりますよね!)
まさに大潮の前日、しかも干潮時を狙った甲斐がありました。
大潮や干潮時刻を調べてくれたY君すごい!

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なんかよくわからんけど、イカが砂浜に打ち上げられていました。
これがイルカとかクジラだったら大騒ぎする場面です。

(つづく)
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2013年08月23日

ポン・デ・ライオン カレー皿

ミスタードーナツでカレーパンとセットで売っていた
「ポン・デ・ライオン カレー皿」、ついにゲットしました〜♪
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手前の黄色い方がポン・デ・ライオンくん。
奥の白い方がフレンチウーラーくん。
皿全体が顔になってるかわいいヤツです。
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さっそくカレーをよそって食べることにしました。
でも、かんじんの顔が隠れちゃうなぁ(笑)


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2013年08月20日

オル太になってみ太!〜「オルガネラ」ワークショップ

またまた来ました、金沢21世紀美術館。
「内臓感覚 − 遠クテ近イ生ノ声」展に出品されている
オル太の「オルガネラ」に、再び会いに来ました!
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会期の途中から無料スペースからの撮影がOKになりました。
パフォーマンスの写真は当ブログでは初公開!!
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生物やら内蔵やらがひねり出されたような
巨大で無骨なインスタレーションを前に
さまざまな衣装をまとった細胞たちが蠢きます。
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巨大な巻き貝の上で三点倒立をするパフォーマンスも!
梅ちゃん、ケガしないように気をつけて。

さて、今回金沢に来たのは、
じつは「オルガネラ ワークショップ」に参加するため。
なんと参加者自身がオル太と同じ衣装を身にまとい、
あの金沢21世紀美術館のあの光庭の見学客の前で、
オル太と一緒にパフォーマンスができちゃうという、
落ち着いて考えるとなんともレアで冒険的な企画です。

ワークショップ参加者は小学生から四十代まで多彩。
原則として三班に分かれて実施しました。
初日にパフォーマンスのコンセプトなどを話し合い、
衣装を合わせて、リハーサル。
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衣装も決まり、オル太(みたい)になってみました。
顔かくれてますが、私です。
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翌日はいよいよパフォーマンス本番。
直前に最終確認のミーティング。
みてください、この緊迫した空気を!
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第一班出動の時間が来ました。泣いても笑っても本番です。
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いざ、はじまってみると、みなさん、なかなか上手です。
パフォーマンスは第二班、第三班、そして全員と続きましたが、
カメラ持てないので自分が出ている写真はありません。

ワークショップ終了後は再びいつもどおりのパフォーマンス。
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やはり本物は貫禄が違います。
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夕暮れ時のパフォーマンスもまた日中と違った趣きです。

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レアンドロ・エルリッヒの「スイミングプール」のある光庭。
黄昏の空と白い建築との対比が美しいですね。
「内臓感覚」展が終わったあとも、また足を運びたい美術館です。


「内臓感覚 - 遠クテ近イ生ノ声」関連プログラム
 2日間連続 オル太「オルガネラワークショップ」

期間:2013年8月8日(木)〜2013年8月9日(金)
   8日 10:00〜17:00 / 9日 9:00〜12:30
※ワークショップは終了しています。
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2013年08月16日

YCAM10周年記念祭

YCAM(山口情報芸術センター・山口市)に行ってきました。
またまただいぶ前(7月13日〜14日)のことになりますが。
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10周年記念祭のグラフィックデザインを柿木原さんが
手がけたということで、ついてっちゃったのです。
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みんなで記念写真。SLやまぐち号を夢見て(笑)
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山のような波のような建築の設計は磯崎新だそうです。

記念祭は街をあげてのイベントになってました。
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近所の駐車場の屋上では、楽器に直接手をふれない電子音楽のライブ。
タレク・アトウィというレバノン出身のアーティストが
気持ちをこめて情熱的に演奏してました。
10周年記念祭のアーティステックディレクターである
坂本教授も見に来てました〜。
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演奏が終盤に差しかかったところでいきなりの雷雨。
この直後、駐車場にもザーザー降りの雨が襲来します。
慌てて屋根のあるところまで逃げて雨宿り。

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夜はハイナー・ゲッベルスの人間不在演劇。
ピアノ5台の大きな装置が水面を滑ります。
不思議な演劇、演奏でした。


次の日はやっぱりガマンできなくなって(笑)
みんなを巻き添えにして「SLやまぐち号」に乗りました。
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ぜんぶは乗る時間がないので、途中の長門峡まで。
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それでもシュシュポッポと音を立てて
力強く走る蒸気機関車の旅を楽しみました。
この二週間後の豪雨で山口線が不通になるなんて、
まさかこのときは思ってもいませんでした。

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長門峡……の近くで川遊び。夏休みを満喫しました〜♪

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2013年08月14日

三陸踏査2013(第3日目その2)

「陸前高田です」といわれてBRTを降りたところは、
ここが日本のどこなのかもまったく見当がつかない場所でした。
小友はかつての駅跡だったのでかろうじてわかりましたが、
その後は脇ノ沢、高田病院ともに地図を見ても
まったくわからない丘陵地帯。バスはそのまま丘陵を走り続け、
わかる場所へ戻らないまま陸前高田駅といわれたのです。
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たしかにJRのマークもあって、陸前高田駅と書かれた
プレハブ小屋はありますが、かつての大船渡線の陸前高田は
海に近い平地にあったはずです。
「駅舎」の向こうに小さな観光案内所があったので、
「ここはどこですか?」と尋ねてみました。
案内所のおねえさんは地図を出してきて親切に教えてくれましたが、
奇跡の一本松までは三キロほどあり、
徒歩だと往きが三十分、帰りは四十分〜一時間ほどかかるとのこと。
でも、一本松まで路線バスもないので歩くしかありません。
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駅舎や案内所と同じ敷地に並ぶプレハブ建物は
陸前高田市役所の仮庁舎でした。
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とにかく次のBRTまでに一本松まで往復しなければなりません。
教えてもらったとおり、海に向かって歩きはじめました。
丘陵地には新しい公共機関の建設や宅地造成のため
重機やトラックが忙しそうに動き回っています。
そうした光景を見ながらわかってきたのは、
陸前高田は街の中枢を丘陵地に移転させようとしていること、
海沿いの平地にはしばらくは街をつくらないこと、など。
だから新しい「駅」も丘陵地に移転してきたのでしょう。
そしてご覧のとおりかつての市街地は夏草に覆われたまま。
あるいは嵩上げのための土砂が盛られているか。
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みつけました。このゆるやかなカーブ。
かつての大船渡線の跡です。
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駅のあった場所も探し出しました。
いかにもホームであることがわかりやすい黄色いタイル。
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駅北側の駅前ロータリー。かつての様子は想像できません。

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ようやく海に近づいてきました。
高田松原があったところ。松の根元の部分だけが無数にあり、
なんだかものすごい勢いでこちらに迫ってきます。
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たどり着きました。奇跡の一本松。
まだ修復が完全でないらしく、あまり近づけませんでしたが。

アップダウンの激しい計六キロの往復で三時間が過ぎ、
再びBRTに乗り込みました。
気仙沼までは専用軌道はほとんどなく、国道45号線を走ります。
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気仙沼市街に入った鹿折唐桑駅付近。
駅の真ん前に、大きな漁船がいまだに居座っていて、
被災地ツアーのバスが停まっていました。
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気仙沼で遅いお昼を食べた後は気仙沼線のBRTに乗り換え。
こちらは専用軌道の区間が多いです。一般道との交差点では
BRT側の遮断機が設置されているところも。
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陸前階上のように、ホームや跨線橋などかつての駅が
ほぼ残されているBRT駅もありました。
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陸前高田と気仙沼で時間を取られたので今回は志津川は素通り。
防災庁舎はきれいに骨組みだけになってしまいました。
こちらにも観光バスがやってきて、おじさんやおばさんたちが
大勢お参りしていきます。

気仙沼の寿司屋のおかみさんの話が印象的でした。
「あんな津波はあと百年は来ないよ。
 それなのに、不便な山に住んだり、立派な防波堤つくったり。
 もし来たら逃げればいいだけの話。自然には逆らえないんだから。
 お役人が机の上だけで考えてるから、そんなバカなことになる」
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2013年08月13日

三陸踏査2013(第3日目その1)

三日目は大船渡から気仙沼を経て柳津までBRTを乗り継ぎ、
柳津からは鉄道に乗換え帰京します。
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大船渡で宿泊したプラザホテル。
ぽつねんと建っていますが、昨夜の飲み屋で
ママさんに見せてもらった写真をみると
この周辺はショッピングセンターやビルが密集していた
大船渡の中心街だったようです。
三キロ奥の盛だと目立った被害は見られませんでしたが、
海側の大船渡、下船渡は街の心臓部が悉く流された印象です。
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コンクリートブロックで代用した献花台。
ブロックの穴に花が挿してあります。
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港も一部はコンクリートの修復が追いついていません。
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「かもめの玉子」で有名なさとう製菓の本店跡。
二階建てのビルはすべて津波にのみ込まれました。
営業は別の場所で再開したようで、ここは被害に遭ったまま。
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BRTとなった大船渡線をくぐる地下道の跡。
土砂で埋められてしまって隙間はわずかに四、五十センチ。
匍匐前進でもしなければ通れません。
道行くおばさんに聞いたところ、
「津波で流れてきた土砂が溜まったり、BRTにするとかで
 埋めたみたいです。不自由です」
不自由どころの話じゃないだろうと内心思いながら
おばさんにお礼をいう。
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ここに来るまでになんども目にした薬王堂、スーパーマイヤ。
どちらも地域の暮らしを支えています。
もうひとつ目立つのはコインランドリー。
水道の復旧や仮設住宅住まいが影響しているのでしょうか、
それぞれの地域の独立系店舗のはずですが、
けっこうあちこちにコインランドリーがありました。
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国道を挟んで海の反対側にある高台に来ました。
大船渡の街を一望できます。
プラザホテルばかりが目立っています。

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BRT専用軌道。元踏切だったところから眺めます。
一般道路からの進入禁止の標識や標示がかなり目立っています。
道路幅がバス一台分しかないので、すれ違いはできません。
一般車が迷い込んだら一大事です。
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BRT大船渡駅。バス停にしては立派です。
写真右にちょこっと見えるコンクリートはかつてのホーム。
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大船渡線のホームの跡。これがホームだというのは、
レールからの高さ、レールの中心線からの距離などを示した
白い標示があることからもわかります。
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大船渡からBRTで陸前高田へ向かいます。
お目当ては奇跡の一本松。
下船渡を過ぎるとBRTは国道を離れ、海沿いを走ります。
湾内にはカキなどの養殖いかだが浮かんでいます。
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小友は駅の前後だけ専用軌道になっています。
前方から対向車が近づいて来ました。
ここはちゃんと相手を待たないとすれ違いができません。

三日目の途中ですが、長くなったので後半は次回に!
(つづく)
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2013年08月10日

三陸踏査2013(第2日目その2)

釜石から大船渡、陸前高田を経て気仙沼までの区間は、
バスの本数が極端に少なく、もっとも行きにくい場所でした。
釜石駅前から一日四本しかない大船渡行きのバスに乗り込みます。
ただし、座った席は窓が小さくてビデオはほとんど撮れず。
港の脇にピラミッドのように堆く積まれた土、
運動公園に建てられた仮設住宅街が次々と過ぎてゆきます。
バスは大船渡まで行きますが、吉浜駅前で下車しました。
吉浜から盛までは三陸鉄道南リアス線が営業再開しているので
鉄道に乗らないわけにはまいりません。

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吉浜の駅舎。田野畑と同じく派手なペイント。顔に見えます。
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次の列車まで時間があるので、海岸の方へ行ってみました。
一見すると穏やかな海岸で津波が来たことがわからないくらい。
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津波の記念碑。3.11のことかと思いきや、
建てられたのは平成20年で、昭和8年の津波の追悼碑でした。
津波の教訓を引き継ぐ、と書かれていました。
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二時間ほど待って、ようやく盛(さかり)行きの列車が来ました。
この車両は中東の国クウェートの支援で導入できた新車両。
車体にはそのことを解説する日本語とアラビア語が併記されています。

親切な運転士があれこれと車窓の解説をしてくれました。
南リアス線の復旧をいちばんむつかしくしているのは、
唐丹〜吉浜間の荒川橋梁が落ちてしまったことだといいます。
釜石の鉄橋がずれたこともこの運転士にうかがいました。
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甫嶺を出たところ。この盛土もほぼ全面的に改修されています。
線路の右側には建物があるのに、左側が更地ばかりなのは、
線路の盛土が防波堤の役割を果たしたためだそうです。

綾里からは乗客がどどっと乗ってきました。
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陸前赤崎駅はかろうじて津波の難を逃れましたが、
元あった場所から釜石側に移動したそうです。
写真真ん中に白く光っている部分が
かつてホームを支えていた土台だったところとのこと。

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終点の盛駅に到着。三陸鉄道ホーム向かい側は
かつて大船渡線の列車が発着していましたが、
いまはBRTのホームに改造されています。
なるほど、線路跡が舗装されてバスの専用道になっています。
BRTはバス・ラピッド・トランジットのことで、
和訳すると「バス高速輸送システム」。
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三陸鉄道の盛駅。駅舎内は待合室になってました。
切符売り場のおねえさんが笑いながら、
「あまちゃんみたいでしょ! カフェじゃないけどねっ」。
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三陸鉄道の列車とBRTが同時に発車していきました。
同時発車は一日に二回しかないですって! ラッキー(笑)

二日目の夜は大船渡に泊まります。
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もとの街はないので、晩ごはんをいただきに復興商店街へ。
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店の中からギターと歌声。NHKの番組になりそうなシーンでした。

(つづく)
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2013年08月09日

三陸踏査2013(第2日目その1)

二日目は宮古から大船渡まで縦断しました。
この区間で復旧している鉄道は三陸鉄道南リアス線の
吉浜〜盛間のみ。吉浜まではひたすらバスを乗り継いで行きます。
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山田線津軽石駅。震災後、くの字に曲がったまま
放置されていたディーゼルカーは撤去されていました。
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重茂(おもえ)半島の付け根を越えるとバスは山田湾に出ます。
湾内にはカキの養殖いかだが浮かんでいます。
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プレハブ仮設の病院、仮設のホームセンター、
仮設の商店街など少しずつ戻ってきているものはありますが、
完全な復興はまだまだ先といった印象。
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建物の基礎だけ残された土地に自民党のポスター。
復興がぜんぜん進んでないところへポスターなんて……。
取り戻したいのは議席でしょ!?

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岩手船越駅前で岩手県北バスから岩手県交通に乗り継ぎ。
本州最東端の駅も、このとおり閉鎖されたまま。
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列車の来ない踏切には「休止中」の貼紙。

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船越からしばらく海沿いを走ります。
この松林も津波に耐えた松でしょうか。
観光ホテルの一、二階は復旧工事中。

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大槌町のはずれに「マスト」というショッピングセンター。
食料品スーパーやホームセンターなどを含む複合施設です。
バスはわざわざ敷地内に入ってゆきます。
それもそのはず、降りる客、乗る客、けっこう多いんです。
バス停での乗り降りを見ていると、
山田町から釜石市くらいまで商圏に入っているようです。
帰京後、調べたところ、震災から九か月を経て
ようやく営業再開に至ったそうです。

途中の鵜住居、両石も被害は大きく、更地ばかり目立ちました。
集落ごと流された両石は国道45号線も片側が流され、
残った片車線の交互通行になっている箇所がありました。

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釜石に着きました。
甲子川を渡る三陸鉄道南リアス線のトラス橋が並んでいます。
この鉄橋、地震で橋桁ごとずれてしまったらしく、
それもあって南リアス線の復旧をむつかしくしているようです。

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市内には、全壊していてもまだ取り壊されていない建物も。
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その一方で、新たに建設が進んでいる建物も一定数ありました。
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港湾関係の建物。二階窓上あたりに取り付けられた
二つの青いプレートは3.11で津波が来た高さを示しています。
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助かった人びとが逃げ込んだ高台に来てみました。
岸壁に乗り上げていたタンカーは解体撤去されていました。
魚市場があったところは更地のままで、
街としての復興は道半ばといった印象です。
湾内に入り込む白い雲はやませですね。
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お昼は駅前の「まんぷく食堂」で生うに丼をいただきました。
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休止中の三陸鉄道の駅舎は「さんてつジオラマカフェ」に様変わり。
Nゲージのジオラマを囲んでお茶してみました。
手前の白い観音様は「釜石大観音」のミニチュアですね。

まだ二日目の途中ですが、長くなったので後半は次回に!
(つづく)
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2013年08月06日

三陸踏査2013(第1日目)

二か月も前のことになりますが、6月8日〜10日の三日間、
ひさしぶりに三陸へ行ってきました(約一年半ぶり)。
三陸鉄道北リアス線の久慈〜田野畑間、
南リアス線の吉浜〜盛間、大船渡線・気仙沼線のBRTなど
まだ足を踏み入れてない区間の踏査が主な目的です。

東北新幹線「はやぶさ1号」で八戸へ。
八戸から八戸線に乗り換えて久慈へ向かいます。
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八戸線のキハ40系ディーゼルカー。
サボの入れ替えっていまはほとんど見られなくなりました。
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陸中八木手前の海岸。この付近も津波が来たはずですが、
鉄道は復旧され、きょうは波も穏やかです。

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久慈で三陸鉄道に乗り換えです。
三陸鉄道の久慈駅はどこから人が湧いてきたんだ?
と思ってしまうほど大盛況。ツアー客がどっと押し寄せたようです。
NHKの「あまちゃん」効果でしょうか。
ドラマ中、北三陸とされている街は久慈がモデルですから。
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「自由席はこちらへ乗ってください」と案内されたのは
こんな感じのレトロ車両。ツアー客で満席です。
ちなみに指定席は掘りごたつ仕様でした。
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陸中野田〜田野畑間は2012年4月に営業再開した区間
(久慈〜陸中野田間は2011年3月16日に営業再開)。
この写真は堀内手前の安家(あっか)川橋梁からの眺め。
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田野畑駅到着。カラフルなペインティングがされています。
ここから二駅先の小本まではいまも営業休止中。
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田野畑駅近くにある平井賀川の水門。
水門上の建物は三陸鉄道の車両を模している。
この高さまで津波が襲ったのか、窓ガラスは割れたまま。

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田野畑からタクシーで島越駅付近に来ました。
トンネル出口が線路のあった高さを物語っています。
島越駅付近は北リアス線でもっとも被害が甚大だった場所で
駅舎もホームも前後の橋もほぼすべてが流失しました。
いまは橋と盛土の復旧(というより建設)工事が
急ピッチで進められています。
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津波の後、駅舎へと登る階段が9段だけ残されました。
復旧工事のため数メートル手前に移設されています。
残ったのはこの階段とその向こうにちらっと見える
宮澤賢治の石碑だけだったそうです。

島越から再びタクシーで小本へ向かいました。
丘陵地帯を登った切牛集落付近では
海岸付近から移住する住民のため
新しい住宅地の整備が進められていました。
さらにその奥にも田野畑の漁業関係者の住宅地。
運転手さんによれば
「以前の津波のあと移ってきたみたいです」
とのこと。
丘陵を下り、仮設住宅の脇を抜けて小本駅に着きました。

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小本からは前回来たときも乗車した区間。
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田老駅付近からの眺め。
進んでいるのは建物の取り壊しぐらいといった印象。
駅舎に併設された観光センターも更地になってました。
そして更地は夏草に覆われ、緑一面に。
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宮古の街には活気が戻ってきました。
商店街も駅の近くは被害も少なかったからか、
以前のまま復旧し、営業再開しているようです。
被害の大きい港の近くは、建物の取り壊しが進んで
更地を利用した駐車場が増えていました。
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1階、2階がベニヤで塞がれていた市役所庁舎も
だいぶ改修作業が進んだようです。
市民税払って!という横断幕。住民も役所も切実です。

(つづく)
posted by ひろとも at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする