2009年04月19日

それでもボクはやってない【番外編】

2009年4月14日、最高裁判所で画期的な判決が言い渡されました。
痴漢事件での逆転無罪判決です。

事件は三年前の4月18日、朝の小田急線内で発生しました。
当時17歳の女性が痴漢被害を受け、その犯人であるとして
防衛医科大学教授の名倉正博さんが逮捕、起訴されたのです。

名倉さんは一貫して無罪を主張したものの、
一審において懲役一年十月の有罪となり、
二審では控訴棄却となりました。
もうあとがない最高裁で逆転、無罪となりました。

私はかつて、横浜市職員Fさんの痴漢事件を追い続けていました。
http://xupotomo.seesaa.net/article/108412857.html
一審、二審での一方的な決めつけに近い判断、
最高裁での御簾の奧のような閉鎖的な審理(当然、有罪確定)。
司法に対して失望していたところなので、
今回の逆転無罪判決はとても感慨深く受け止めました。

裁判所のHPから判決文がダウンロードできるので読んでみました。
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090414170745.pdf

被害者女性が本当に痴漢をされたのか?
痴漢をされたのだとしたら、犯人は名倉さんか?
この事件については「合理的な疑いを超えた証明」がなく、
グレーゾーンであると最高裁は判断しています。
つまり、真実は闇の中なんですね。
その状況の中では「疑わしきは被告人の利益に」という
原則を適用して、無罪とすべきというのが今回の判断です。

疑わしきは被告人の利益に」の原則……。
ようやくこの原則がでてきたか、というのが私の率直な感想です。
いままでの痴漢事件については、
被害者の供述は具体的、迫真的で信用でき、
被告人の供述は不合理、不自然で信用できない、
となんの根拠も示されないまま判断され、
被告人が無罪を主張しても、簡単に有罪が言い渡されていました。
裁判の構造的にいえば、「冤罪を作り出しやすい状態だった
と言っても過言ではありません。
「疑わしきは被告人の利益に」……
裁判所がこの原則にいまいちど立ち戻ってくれるのなら、
これからの刑事事件の流れも大きく変わる可能性があります。
その意味で、今回の判決は画期的だといえます。

やはり私はFさんのことを思い出してしまいます。
「疑わしきは被告人の利益に」、
この原則がまっとうに適用されるのなら、
Fさんも当然に無罪になっていただろうと……。


判決文要旨

【主文】
原判決及び第一審判決を破棄する。
被告人は無罪。

【理由】
◆本件の上告趣意は本当なら上告理由に当たらないが、
 いろいろ調査してみると破棄は免れない。
◆最高裁判所は法律審だけど、満員電車内の痴漢事件は、
 被害事実や犯人特定について物的証拠等の客観的証拠が得られにくく、
 被害者の供述が唯一の証拠である場合も多いから慎重な判断が必要だ。
◆本件においては被告人は捜査段階から一貫して犯行を否認しており、
 証拠は被害者の供述のみで客観的証拠がない。
◆被害者の供述には次の理由から疑いの余地がある。
(1)被害者のいう痴漢被害は執拗であるのに
  被害者は積極的な回避行動をしていない。
(2)回避行動をしていないのに、下北沢では急に被告人の
  ネクタイをつかんで駅員に突き出すなど
  積極的な糾弾行為しており、(1)の行動とそぐわない。
(3)被害者は成城学園前でいったんホームに降りたのに
  車両を替えることなく再び被告人のそばに乗車したのは不自然だ。
◆(1)〜(3)を考えると被害者の供述を全面的に肯定した
 第一審判決・原判決の判断は是認できず、
 被告人が犯人だと断定するのには合理的な疑いが残る。
◆原判決には重大な事実誤認があり、これを破棄しなければ
 著しく正義に反するので、破棄し、被告人を無罪とする。
★補足意見1(裁判官那須弘平)
・多くの痴漢事件では被害者の供述が
 「詳細かつ具体的で迫真的であって不自然・不合理な点がない」
 といった抽象的な理由で有罪になっているが、
 こうした供述を補強する証拠がない場合は慎重であるべき。
・痴漢行為は単純・類型的で、被害者は事前に検察官と打ち合わせも
 するから、もっともらしい供述をしようと思えばできるので、
 事実誤認の可能性は大きい。
・特に冤罪が争われている場合は供述を補強する証拠などがあるか
 特別の注意が必要だ。
・被害者の供述だけでは「合理的な疑い」が残る。
・被告人が痴漢をしていないという断定もできないが、
 有罪とも言い切れないグレーゾーンなのだから、
 「疑わしきは被告人の利益に」の原則どおり無罪とすべき。
・原判決が論理則、経験則等に照らして不合理かどうか判断すべきだが、
 机上だけのハナシじゃなくて社会生活の中で体得する経験則なども
 「論理則・経験則等」に含まれる。
★補足意見2(裁判官近藤祟晴)
・供述をたやすく信用するそれまでの裁判を反省して考えると、
 本件の被害者の供述の信用性には疑いの余地があり、
 ことの真偽は不明である。
・原判決の事実認定に「合理的な疑い」が残るなら、
 最高裁は原判決を破棄すべきだ。
★反対意見1(裁判官堀籠幸男)
・よほどのことがない限り、原判決は事実誤認をしているとは
 いってはいけない。
・被害者の供述は信用性があり、虚偽の供述の動機はない。
・多数意見は(1)〜(3)の理由を挙げて、供述は疑わしいというが、
 朝の小田急線はものすごく混んでいるから、決して疑わしくはない。
・被告人の供述は不自然である。
・原判決に事実誤認はなく、(1)〜(3)の理由だけでは、
 原判決を覆すことはできない。
★反対意見2(裁判官田原睦夫)
・原判決の事実認定に重大な疑義があるかどうか、
 原判決を破棄しなければ著しく正義に反するかどうか審査する。
・小田急は混んでるから(1)〜(3)の理由だけでは
 原判決の事実認定が不合理であるとは言い切れない。
・被告人の供述は信用できる。
・だから原判決の破棄は許されない。

※注
最高裁判所は、ふつうは事実認定などの事実審はせず、
原判決が憲法違反や法律解釈の間違いをしてないかといった
法律審にとどまるのが原則です。
この事件も例外ではなく、
被告人が本当に痴漢をしたかを直接確かめることはせず、
高裁の判決が妥当かどうかという観点で判断します。
判決文もそういった前提を踏まえた構成になっています。



posted by ひろとも at 09:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 法廷傍聴 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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