2011年07月19日

走れ!バカップル列車 第50号 三陸鉄道復興支援列車

震災後の東北の旅、第二弾。
今回は三陸鉄道に乗ってきました。

<旅行記本文>はこちら。
走れ!バカップル列車 第50号 三陸鉄道復興支援列車

●北リアス線

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山田線からの乗り換え時間はわずか。
宮古駅で慌ただしく三陸鉄道へ乗り換え。

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復興支援列車の終点、小本駅に到着。
不通になってるその先のトンネルにはディーゼルカーが留置されている。
ホーム反対側の線路は使われていないため、赤く錆びている。

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折り返し宮古行きとなって出発する復興支援列車。
画面左より、ヘルメットを持った社員の持っている
革製の輪っかにタブレットが入っている。

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田老駅を発車する宮古行き列車。
なんにもないホームだが色とりどりの花が飾られている。

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駅から眺めた田老の市街。立ち並んでいた住宅は
どれも流されてしまってなにもない。


●南リアス線

20110704_6571.jpg
釜石駅の三陸鉄道ホーム。一本だけの簡素なもの。
いまは駅員も乗客も誰一人いない。

20110704_6587.jpg
釜石を出て、甲子川を渡る南リアス線の線路。
いまは列車が走ることはない。
右の奥の方でトンネルに入り、盛に向かっている。


<旅行記>
走れ!バカップル列車 第50号 三陸鉄道復興支援列車

posted by ひろとも at 00:00| Comment(4) | TrackBack(0) | 走れ!バカップル列車 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
まずは第50号、おめでとうございます。最初から拝読していないので、この夏にイッキ読みしようかしら。
さて、本文も拝読しました。
50号記念に値する以上の素晴らしい文章です!そのまま雑誌や本にできるほどの完成度の高さに脱帽です。
自分のブログが恥ずかしくなりました(泣)
もとい、取材記事の客観性を保ちつつもご自身と妻みつこさんの優しさが伝わって感動しました。国民の一人として、「復興」ってどういうことかを改めて考えるべきではないかと気づかされました。ありがとうございました。
Posted by Yuka at 2011年07月19日 09:50
バカップル列車は本日のコピーを掲載しなくなった今でも名物ですのでいつも新しいものが出ると読んでいます。
被災地には実際に赴くと色々考えさせられるものがありますね。
当然興味本位で見物するのは迷惑ですが、色々見て勉強するというのであれば行くのも大事ですね。
例のはやぶさグランクラスに乗った知り合いも被災地の様子を見学してやはりショックを受けていました。
一部区間は代行バスに乗って被災地の様子を見学したそうです。
Posted by さらりとした梅酒 at 2011年07月19日 11:06
Yuka会長!
お祝いのお言葉、ありがとうございます。
本文もお読みいただき重ねて感謝、感謝です。

復興について考えるのはむつかしいですね。
マスコミが伝えるように現地のひとも一様ではありません。
「カメラマンどうにかして」という人もいれば、
「またきてね」といってくれる人もいます。
同じひとでも最初は絶望的になったけど、
そのあと立ち直っています。
少なくともわかったのは被災地の人たちは
いつまでも「被災者」ではないということです。
着実に日常を取り戻してきています。
そこをなんとか応援したいと思い至ったところです。
Posted by ひろとも at 2011年07月20日 06:25
さらりとした梅酒さん、こんにちは。
本日のコピー亡きあと(笑)、
引き続きバカップル列車を読んでいただきありがとうございます。

さすがに三月中はどうだったかわかりませんが、
いまならもうふつうの観光として東北に赴くのはOKだと思います。
私も物見遊山な感じで訪れるのはどうかと思いましたが、
やはり自分たちが継続して現地のためにできることは、
ボランティアではなく観光客になることでした。
だからなるべくいままでどおりの旅行をしようと考えたのです。
そうして帰ってきて、バカップル列車を書きます。
どこまで伝わるかわからないけれど、
その記録を残すことが自分たちの役割だと思っています。
Posted by ひろとも at 2011年07月20日 06:34
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