2011年07月28日

三陸踏査記録(釜石市街)

三陸の写真もこれで最終回。釜石市街の写真です。
紀行文は「バカップル列車 第50号」をご覧ください。

タクシーの運転手にすすめられ、港に乗り上げたタンカーまで行く途中、
釜石の港付近の市街地を通り抜けました。
建物は残っているものの想像以上に被害が大きいです。
20110704_6641.jpg
20110704_6619.jpg
赤い旗がところどころ掲げられていますが、
これが「解体OK」の合図です。

20110704_6639.jpg
港町のすぐ裏には山が迫っています。
写真奧、コンクリートで覆われた崖の上に、
津波当時人びとが逃げた避難通路の柵が見えます。

20110704_6631.jpg
運転手さんおすすめのタンカー。
船の舳先が防潮堤を越えて道に張り出しています。
錨を降ろしていたのでしょうか、錨部分がかなり壊れています。
このタンカーは私たちが訪れた直後に解体・撤去されたようです。

20110704_6645.jpg
釜石大観音に向かう途中。まだまだ瓦礫は残ります。
奧の高架線は三陸鉄道の線路。

20110704_6666.jpg
釜石大観音の高台まで登ってきました。
はるか沖合に見えるのは湾口防波堤の残骸。
もとはまっすぐつながっていたのですが、
津波で破壊され、一部がネッシーの背のように残っています。

20110704_6660.jpg
釜石大観音。津波被害のあとも
こうして釜石の港を見守っています。


posted by ひろとも at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
釜石大観音。
私は実は観音様のすぐ近くで生れてここで3才まで育ちました。
母方の実家も釜石なので
大人になってからも釜石にはしょっちゅう行ってましたが
こんな事になってしまうとは夢にも思わず。
写真を見てると泣けてきますね。
今頃は港にはイカ釣り船が並んでいる時期なのですが
それもなかったのでしょうか。
さみしいですね。
早く復興できることを願います。

観音様はあいかわらず色白美人さんで
ようございました。
Posted by くらむなぼん at 2011年07月28日 21:50
当日朝、雨が降っていたので釜石の滞在は
早めに切り上げるつもりでしたが、
雨が上がってくれたので観音様に会うことができました。
画像だけみていると酷い状態ですが、
地元のかたの底力はなかなか強く、
逆に私たちが励まされるくらいでした。
復興もそう遠くないはずです。
Posted by ひろとも at 2011年07月30日 21:37
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