2006年10月15日

思い出鉄道写真館 (7)信越本線碓氷峠


鉄道の日、10月14日は過ぎてしまいましたが、久々に思い出鉄道写真館を掲載することにいたしましょう。

今回は1997年10月の北陸新幹線(通称「長野新幹線」)開通に伴い廃止されてしまった信越本線の碓氷峠(横川〜軽井沢間)です。

●旧丸山変電所付近
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横川から2kmほど軽井沢方面に登ったところにある煉瓦づくりの廃墟、丸山変電所跡付近で撮影した上野行き特急「あさま」です。1989年2月ごろ撮影したもので、まだ特急電車の色がクリームに赤帯の「国鉄色」でした。

ところで、碓氷峠は群馬県と長野県の境にある峠で、古代より東山道(碓氷坂)、近世においては中山道の難所とされていました。
群馬県側の標高は387m(横川)、長野県側の標高は939m(軽井沢)。一般的な山越えと違い、長野県側が一方的に高いという片勾配の峠なので、どんなに長いトンネルを掘ったとしても勾配を解消することができません。
1893(明治26)年に開通した信越本線も難工事の上での開通でした。550mもの絶対的な高低差は急勾配によって結ぶほかはなく、一般的な幹線鉄道としては最急勾配の66.7‰(パーミル)(15分の1)で敷設されました。
当初は、補助機関車の歯車とレールの歯車をかみ合わせて急坂を登り降りするアプト式が採用されていましたが、1963(昭和38)年に信越線の新線が開通してからは66.7‰を補助機関車のみで行き来する方式となりました。
特急「あさま」も横川や軽井沢で4分ほど停車して補助機関車の連結・解結作業をしており、スピードも時速30〜40kmぐらいまでしか出せず、碓氷峠が輸送上のネックになっていたことに変わりはありませんでした。

●熊ノ平信号場
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横川と軽井沢のちょうど中間付近にあった信号場付近で撮影した三連写。1993年夏ごろの撮影。熊ノ平は信越線旧線(単線)時代は駅でしたが、新線が完成して複線化された後、1966(昭和41)年に信号場に格下げされてしまいました。

●めがね橋
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手前の煉瓦造りの橋が碓氷川を渡る信越本線(旧線)の第三橋梁、通称「めがね橋」。横川から約5kmほどのところにある日本最大級の煉瓦アーチ橋で、国重要文化財に指定されています。その向こうに見えるのが信越本線(新線)のコンクリート橋。長野行きの特急「あさま」が補助機関車EF63に後押しされて66.7‰の勾配を登ってゆきます(1993年夏撮影)。


●碓氷川橋梁
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めがね橋の下付近から撮影した信越本線(新線)のコンクリートアーチ橋を渡る特急「あさま」です(1993年夏撮影)。

現在、新線も含めて信越本線横川〜軽井沢間は廃止されています。北陸新幹線「あさま」は、碓氷峠を難なく行き来していて、輸送上のネックは新幹線によって初めて解消されたといえるでしょう。
信越線時代はたしかに補助機関車を付けたり、スピードが出せなかったりと不便も多かったですが、そうであるがために横川駅停車中に「峠の釜飯」を買いに行ったりといった風物詩もありました。
空気バネの空気を抜いた台車から直接伝わってくる、ズズン……ズズン……というレールの振動を、私はいまでも忘れられません。
posted by ひろとも at 23:41| Comment(6) | TrackBack(0) | 思い出鉄道写真館 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
特急列車が時速30キロから40キロでないと走れないことからすごい急勾配であることがわかりました。ところで、空気ばねの空気が抜けるとは知りませんでした。最近の電車や特急列車は軽く振動する程度なので空気が抜けてズズン・・ズズン・・という振動があることが知りませんでした。ところで空気を抜くことにどういう意味があるのですか。
Posted by さらりとした梅酒 at 2006年10月16日 23:44
さらりとした梅酒さん、返信遅くなりました。

信越本線の碓氷峠区間で空気バネの空気を抜くのは、
座屈現象(車体の台枠が曲がる現象)を
防止するためだと言われています。
ただ、なぜ空気があると座屈現象が起きやすいのか、
逆に空気を抜くと座屈現象が防げるのか、
その肝心のところはネットの検索だけではわかりませんでした。

特急「あさま」は長野行きが横川〜軽井沢間で17分、
上野行きが24分かけて運転していました。
長野行きは坂を登るだけなのである程度速度を出せますが、
上野行きは坂を下るので注意を要します。
24分かかったということは平均速度は時速約30キロで、
実際その位の速さだったと思います。
確実な数字を調べきれなかったので
記憶に頼った数字ですが、だいたい時速50キロ以上出てしまうと、
下り坂でブレーキが効かなくなるそうです。
66.7‰の急勾配でブレーキが効かなくなるというのは、
とても恐ろしいことで、1975年には現実に暴走事故が起きています。
機関車の回送列車だったので乗務員の重軽傷だけでしたが、
これが旅客列車だったとすると大惨事になっていたでしょう。
Posted by ひろとも at 2006年10月20日 22:32
これは僕の推測ですが座屈現象について書きます。ただでさえ重い列車なのに坂を上り下りすることで台枠により力がかかってしまうと考えられます。そうなると当然空気バネがあると車両を支えきれなくなります。それで空気を抜くのだと思います。車と違ってギアを低速に入れてなんとかなるのではないのでやはり相当な難関であることがわかります。あと、こういうことは我々素人にはわからないので日本鉄道大学の授業を受けないとわからないですね。
Posted by さらりとした梅酒 at 2006年10月20日 23:01
さらりとした梅酒さん、詳細な分析ありがとうございます。
そうなんですよ。急勾配で台枠に力がかかるのは理解できます。
でも、空気バネがあるとそれが支えきれない理由が
私にはわからないのです。うーむ、むつかしい。

で、日本鉄道大学って何ですか?
Posted by ひろとも at 2006年10月22日 01:27
日本鉄道大学は架空の大学です。鉄道をテーマにしたら総合大学ができると少年の母親から聞きました。車両設計や信号の設計は工学部や理学部に関わるし、法学部は鉄道法規に関わるし、文学部は紀行に関わるし、外国語学部は駅員の語学力に関わります。医学部は乗客の救護に関わります。それで総合大学ができそうだと聞きました。やはり空気バネのことは僕も文系で物理をあまり知らないのでこれ以上のことはわかりません。
Posted by さらりとした梅酒 at 2006年10月22日 08:42
さらりとした梅酒さん、返信ありがとうございます。
日本鉄道大学、思い出しました。
ハイ、たしかに少年のお母さんそのほかの仲間数名で、
盛り上がったことがあります。
はぁ、あんなころもありましたねぇ(遠い目)
Posted by ひろとも at 2006年10月22日 22:14
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