2005年10月30日

思い出鉄道写真館 (1)余部鉄橋


実家の引き出しを整理したら、昔撮った鉄道の写真が出てきました。
いまから21年前(1983年)、中学三年生の夏休み、友達と山陰に行ったときに撮ったものです。

場所はすべて山陰本線餘部駅付近にある余部鉄橋。
1912(明治45)年完成のトレッスル橋で、高さは41メートル。橋脚の形といい、朱色の塗装といい、周囲の風景にとてもよく馴染んでいて、数ある鉄道の橋梁の中でもきわめて美しい鉄橋といっていいでしょう。

●寝台特急「出雲3号」
198307izumom.jpg
早朝、余部鉄橋を通過するブルートレイン「出雲」。東京を前夜に出発し、京都からディーゼル機関車DD51に牽かれてやって来ます。「出雲」は寝台特急の中でも乗車率の良い列車で、九州方面の列車が次々と廃止されて行く中、現在でも東京から二往復の列車が走っています(一往復は伯備線経由の「サンライズ出雲号」で余部鉄橋は通過しません)。

●急行列車
198307tanbam.jpg
急行「丹波」か、それとも「但馬」か、もうわからなくなってしまいました。しかもいつ撮ったか定かでなく、ひょっとしたら1985年の夏に撮ったものかもしれません。かつての山陰地方は特急列車より急行列車の方がたくさん走っていました。車両はキハ58形・28形だと思います。

●特急「まつかぜ」
198307matsukazem.jpg
山陰特急のエース「まつかぜ」。大阪〜博多間を福知山線、山陰線経由でほぼ丸一日かけて走っていました。グリーン車、食堂車を1両ずつ連結した堂々9両編成!(ただし、米子で後ろの3両切り離し)
車両はキハ82系という国鉄でも最初につくられた特急形気動車。貫通路を設けながらも特急としての風格を備えた前面(運転台周辺)のデザインはとても洗練されていて、後の特急形気動車にも踏襲されたほどでした。

●鈍行客車列車
198307donkom.jpg
山陰線の鈍行といえば旧型客車。編成も長かったですが、運転区間も長く、門司発福知山行きなんてのもありました。朱色の機関車の後ろに青い客車が連なって鉄橋を渡るシーンは実に絵になる風景でした。

ところで、この余部鉄橋。近いうちにコンクリート橋に架け替えられてしまうそうです。なにせ明治生まれですからね。残念ですがしかたありません。
時の流れを感じます。
posted by ひろとも at 23:58| Comment(2) | TrackBack(0) | 思い出鉄道写真館 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして!
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Posted by Bloking at 2005年10月31日 12:07
Blokingさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
Posted by ひろとも at 2005年10月31日 22:22
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